スペイン1部リーグ、レアル・マドリード(Real Madrid)に移籍したカカ(Kaka)が30日、本拠地サンチャゴ・ベルナベウ(Santiago Bernabeu Stadium)で入団発表を行い、数万人のファンから大歓迎を受けた。
大観衆の前でカカは「このクラブの歴史に名を刻みたい」と語った。
カカの背番号は、フェルナンド・ガゴ(Fernando Gago)から引き継いだ「8」に決まった。
カカ(本名、リカルド・イゼクソン・ドス・サントス・レイチ、Ricardo Izecson dos Santos Leite)は、6月上旬にACミラン(AC Milan)から6500万ユーロ(約89億円)でレアル・マドリードへの移籍に合意していた。
レアル・マドリードのフロレンティノ・ペレス(Florentino Perez)会長は、カカを「世界最高の選手の1人」であり、同選手の「非の打ちどころがない言動」を称賛し、「現代の象徴的選手の1人」としている。
カカの入団発表で約8万人収容のサンチャゴ・ベルナベウはほぼ満員となり、多くのファンがブラジル国旗を振っていた。
カカは30日、ブラジル代表の優勝で幕を閉じたコンフェデレーションズカップ(Confederations Cup 2009)が行われていた南アフリカから父と共にマドリード入りし、その後クラブでメディカルチェックを受けた。チェックを通過したカカは、年俸900万ユーロ(約12億3000万円)、契約期間6年でレアル・マドリードとの契約書にサインを交わした。
マンチェスター・ユナイテッド(Manchester United)から移籍し「新銀河系軍団」の一員となったクリスティアーノ・ロナウド(Cristiano Ronaldo)の入団発表は、6日に行われることが見込まれている。
ロナウドについてカカは、「ロナウドと共にプレーするのは名誉なこと。ライバル関係などない」と語っている。(c)AFP
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一言 試合でもなく、入団発表だけで8万人もファンが集まるなんてたいした人気です。
カカ(Kaka) youtube
★カカ(Kaka)
カカ(Kaká、本名:リカルド・イゼクソン・ドス・サントス・レイチ、Ricardo Izecson Dos Santos Leite、1982年4月22日 - )はブラジル、ブラジリア出身のプロサッカー選手。ポジションは主にミッドフィールダー(オフェンシブハーフ・トップ下)。2006-2007シーズン以降、セカンドトップなどフォワード的なポジションを任せられることも多い。
カカという愛称は彼の弟のロドリゴが3歳の時にリカルドと発音できず、「カカー」と言ってしまったのが始まりとのこと。
来歴
カカはブラジルの首都ブラジリアで生まれる。父ボスコはエンジニア、母シモーネは学校の教師として家庭を支え、カカが生まれた後すぐにクイアバに移住し、7歳の時にサンパウロへ来る。彼自身が「幼い頃からサッカー以上に好きなものはなかった」と語るように、ボールを蹴ることが何よりも楽しみだったという。 父がサンパウロFCのクラブ会員だったので、9歳でサンパウロFC(ブラジル)のクラブ会員用のチームに加入。当時から技術面では優れたものをもっていたが、他の子たちに比べて線が細く、補欠に甘んじていた。その後クラブでのトレーニングの成果でビルドアップに成功、弱点を克服した。
18歳の時、プールで遊んでいた際に頭部を強打し頸椎を損傷する重傷を負う。あわや下半身不随寸前の怪我だったものの、極度の近視となった以外には、幸いにも運動能力にはほとんど影響は見られなかった(その後、極秘でレーシック手術を受け、視力を回復させる)。
トップチームデビューは2001年2月のボダフォゴ戦。途中出場ながら2得点を決める活躍を見せる。プールでの事故からわずか4ヶ月後のことだった。
以降サンパウロFCのトップチームに定着したカカは、程なくブラジルA代表メンバーにも選出。2002年にはワールドカップ日韓大会のメンバーにも選ばれ、出場機会は少ないながらも優勝を経験した。
翌年、850万ユーロ(約11億円)の移籍金でイタリアセリエAの強豪・ACミランへ移籍。移籍初年度、チームの司令塔であるマヌエル・ルイ・コスタのバックアッパーとしての働きを期待されていたが、蓋を開けてみるとリーグ戦2試合目からレギュラーを奪い取り、逆にルイ・コスタをベンチに追いやって、期待以上の働きを見せた(2005-2006シーズン終了後、ルイ・コスタは出場機会を求めてACミランを退団した)。
2006 FIFAワールドカップではロナウド、ロナウジーニョ、 アドリアーノとカルテット・マジコ(「魔法の4人」)を形成し世界中で話題となった。しかし前評判ほどのパフォーマンスは見せられず、チームはベスト8で敗退した。
ミランでのカカ(2007年)2006-2007シーズンもミランの大黒柱として活躍を続け、殊にUEFAチャンピオンズリーグでは10得点を決めブラジル人としてはリバウド以来の得点王となり、ビッグイヤー獲得の原動力となった。2007年2月にはイタリア国籍を取得しEU圏外枠を使う必要もなくなった(イタリア国籍を取得するには先祖にイタリア人がいるかどうか様々な証明書や書類が必要)。
これらの活躍を評価され、2007年10月5日には国際プロフットボール選手協会(FIFPro)が選ぶ06/07年間最優秀選手賞、12月2日にはフランス・フットボール誌が選出する世界年間最優秀選手賞バロンドールを初受賞。ブラジル人のバロンドール獲得はロナウド2度、リバウド、ロナウジーニョに続く4人目。
また12月14日には1984年のミシェル・プラティニ(フランス)以来となる52.8%の過半数得票を集め、英ワールドサッカー誌が選ぶ世界年間最優秀選手賞にも輝く。この間開催されていたFIFAクラブワールドカップ2007では1得点3アシストの大活躍を見せ、大会MVPに輝くと共に、欧州勢として初となるクラブW杯優勝、ミランとして1990年トヨタカップ以来4度目となる世界一に導いた。
2007年12月17日スイス・チューリッヒにて、各国代表チームの監督と主将の投票によるFIFA年間最優秀選手賞をメッシ(504票)C・ロナウド(426票)らを抑え初受賞(1047票)。ブラジル人としてはロマーリオ、ロナウド3度、リバウド、ロナウジーニョ2度に続く5人目の受賞となり、バロンドールとの同年ダブル受賞は史上9人目の快挙。
これでこの年のカカは07年バロンドール、07年FIFA年間最優秀選手賞、06/07FIFPro年間最優秀選手賞、07年英誌ワールドサッカー選出世界年間最優秀選手賞と4つの栄誉を手にすることになった。
Kaka - Wonderful Life youtube
プレースタイル
長いストライドを活かした高速ドリブルは、並外れたトップスピードを誇り、強靭なボディバランスと相俟って、一度スピードに乗せると止めることは非常に困難である。 基本的な技術の高さに加えて、柔らかいボールタッチと巧みなボールコントロールに特徴があり、主に1.5列目からのフィニッシュへの絡みに力を発揮する。得点感覚にも優れており、エリア内でのゴールはもちろん、距離をおいた位置からのミドルシュートも得意としている。イタリアに来るまでは典型的ミッドフィルダーとしてプレイしていた事もあり、ショートパスはもとより時折見せるスルーパスの精度も高い。
ACミラン時代は2006-07シーズンにアンドリー・シェフチェンコがチェルシーへ移籍して以降、主にカカがPKキッカーを務めていた。
人物評
ブラジル人サッカー選手に多い貧困層出身ではなく、どちらかというと中流階級の育ちであるが、その事を鼻にかけたりせず誰とでも気さくに付き合うようで人間的にも評価が高くチームメイトの信頼も厚い。 しかし2008-09シーズンはクラブのメディカルスタッフや監督の戦術などを批判することもあった。
キリスト教原理主義者(プロテスタントの福音主義新教)としても知られる。
名前について
「カカ(Kaká)」という名前は、幼い弟が本名の「リカルド」を発音できずに「カカ」と呼んでいたことに由来する。そのため何の意味も込められたものではない。しかしイタリアやポルトガルなどのラテン語圏では、「カカ」と言う呼び名は発音によっては汚物(CACCA)を意味する。そのためイタリア(セリエA)の名門・ACミランへ移籍の際は愛称を変えなくてはならないというような議論もされたらしく、またミランより先にオファーしていた同リーグのユヴェントスがこのような理由で獲得を断念したという[要出典]。「Kaká」は2番目の「á」にアクセントをつけて発音するため、「カ(ッ)カァ」という感じで聞こえることが多い。
また、ブラジルでは本名の頭文字に“K”を用いる事は神聖なものとされ、通常であればまずCakaとされる[要出典]。カカはサッカーによる実績が認められ、サッカー選手として唯一名前の頭文字にKを使う事を許可された選手でもある[要出典]。だが、これに対してカフー(Cafu)はなぜ自分はKafuではないのかと異論を唱えている[要出典]。なお、イタリア語などでは、そのアクセントの表記法に従いKakàとなることがある。
ミランでは本名から「リッキー」と呼ばれているという。
移籍を巡るエピソード
ACミランとは当初2009年6月までの契約であったが、2005-2006シーズン終了後にはACミランの八百長疑惑によりクラブのセリエB降格の危機が報じられ、カカのもとにも複数のクラブから移籍のオファーが舞い込んだ。FAプレミアリーグ・チェルシーからは7000万ポンド(約152億6000万円)という超破格のオファーが来たが、ミラン側が首を縦に振らなかった。このとき本人も「ACミランが降格しないなら、クラブに忠誠を誓う」と発言した。その後2006年7月15日にミランは降格を免れる判決を下された。当時チェルシーの監督であったモウリーニョからは「世界の中で自由に選手を獲得できるとしたらカカを選ぶ」と言われ、レアル・マドリードのラモン・カルデロン会長はカカの獲得を公約に掲げるなど、世界中のサッカー関係者からの高い評価を集めた。
2007年、レアル・マドリードから127億円(8000万ユーロ)の移籍金と手取り19億円(1200万ユーロ)のオファーがあったが、それでも移籍しなかった。また、レアル・マドリードへの移籍報道に関して、本人は「レアルは僕が欲しいなら、ベルルスコーニ会長の首を縦に振らせればいい」と言っている。
2009年1月、プレミアリーグのマンチェスター・シティがカカ獲得にサッカー界史上最高額の移籍金1億2000万ユーロをミランに提示したことによる移籍騒動が勃発。カカにも年俸1500万ユーロを提示[1]し、ミランもカカの移籍を容認したものの、本人は残留を希望し、同月19日、ミランに残留することが決まった[2]。また、多くのサポーターは移籍に大反対し、中にはカカの自宅周辺などに集結したサポーターもおり、カカは窓からユニホームを掲げ、笑顔で応えた。
しかし、2009年6月9日の00:00(現地時間)丁度にレアル・マドリード入団が発表された。 移籍金は6800万ユーロ(約92億円)で、フランス代表だったジネディーヌ・ジダンが01年にユベントスからレアル・マドリードに移った際の約7300万ユーロに次いで当時史上2番目の高額移籍となった。
エピソード
カカと妻のカロリーネ先述の通り18歳の時の事故で近視となったカカは、試合中はコンタクトレンズを使用しており、また普段は度の強いメガネをしている。2007年6月に極秘で矯正手術を行った模様。
用具等はアディダス社と契約している。
実弟のロドリゴも2005年にACミランへ入団、ジゴン(Digão)の名で選手登録されている。ジゴンは2007年夏にレンタル終了でミランに復帰し、兄と共にプレーしていた(2008年夏にスタンダール・リエージュ(ベルギー)へレンタル移籍。)。
ACミランからの移籍金は自分の取り分も含めて全額をサンパウロFCへお世話になったお礼にと渡してしまった。これを知ったミラン経営陣は感激してもう一度カカの取り分を支払った。
サンパウロでは背番号8番を着けていたが、ミランでは既にジェンナーロ・ガットゥーゾが8番を着けていたため、自身の誕生日の日付にちなんで22番を背負うことになった。
2005年12月、長年の遠距離恋愛をへて5つ下のブラジル人女性カロリーネ・セリコと母国ブラジルにて結婚した。彼女の母親はブラジルのディオール支社の幹部。2008年6月10日、長男ルーカが誕生。
呂比須ワグナーとは仲がよく、オフの時はゴルフに行く。
敬虔なクリスチャンであり、愛読書は聖書、好きな音楽はゴスペル、座右の銘は聖書の言葉の「神に忠実なれ」である。
無人島に3つ物を持っていくとすればサッカーボール、聖書、iPodを持っていきたいと語っている。
「もがみ国際交流協会」を通した、サンパウロFCのジュニアチームと地元少年サッカーチームとの国際親善試合の第1回の招待チームの一員として1993年に来日。山形県最上町に滞在したことがある。当時11歳だったカカは、この試合で最優秀選手に選ばれ、賞金5千円を獲得[3]。このお金は、「初めてのギャラだ」としてブラジルの実家で大切に保管してあるとのこと。またこのときホームステイした家庭とは今もなお親交があり、カカのことを「日本人以上に律儀な子」と語っている。このときの家庭とのその後の交流を描いた物語が、「日本のお父さん、お母さん」というタイトルで平成20年度の日本の小学校の道徳の教科書に掲載された。
FIFAクラブワールドカップ2007MVPの賞金約2050万円(12万8000ユーロ)を、ACミランが運営する基金に全額寄付した[4]。
2008年5月、アメリカのタイム誌による「世界で最も影響力のある100人」に選出された。アメリカという決してサッカー人気が高いとは言えない国による選出には本人も大変感動し、それと同時に正しい価値観を伝えていく責任や義務も感じたという。尚、この100人の中で彼は唯一のサッカー選手である。
脚注
^ 時事通信 (2009-01-16). "118億円提示、熱帯びるカカ移籍騒動=狙うマンC、交渉進展も". 2009-01-21 閲覧。
^ ロイター (2009-01-20). "カカ、ACミランに残留". 2009-01-21 閲覧。
^ この親善試合の対戦相手の中に、のちにJリーガーとなる佐々木勇人が出場していた。
^ 日刊スポーツ (2007-12-18). "カカが美人妻と離日「来年も」". 2009-02-18 閲覧。
所属クラブ
プロデビュー : 2001年2月1日 ボダフォゴ戦
2001年 - 2003年 : サンパウロFC
2003年 - 2009年 : ACミラン
2009年 - 現 在 : レアル・マドリード
個人成績
国内大会個人成績
年度 クラブ 背番号 リーグ リーグ戦 リーグ杯 オープン杯 期間通算
出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点
ブラジル リーグ戦 ブラジル杯 オープン杯 期間通算
2001 サンパウロ 8 セリエA 27 12 27 12
2002 サンパウロ 8 セリエA 22 9 22 9
2003 サンパウロ 8 セリエA 10 2 10 2
イタリア リーグ戦 イタリア杯 オープン杯 期間通算
2003-04 ミラン 22 セリエA 30 10 30 10
2004-05 ミラン 22 セリエA 36 7 36 7
2005-06 ミラン 22 セリエA 35 14 35 14
2006-07 ミラン 22 セリエA 31 8 31 8
2007-08 ミラン 22 セリエA 30 15 30 15
2008-09 ミラン 22 セリエA 31 16 31 16
スペイン リーグ戦 国王杯 オープン杯 期間通算
2009-10 R・マドリード 8 プリメーラ
通算 ブラジル 59 23 59 23
イタリア 193 70 193 70
スペイン
総通算 252 93 252 93
代表歴
ウィキメディア・コモンズには、リカルド・イゼクソン・ドス・サントス・レイチに関連するマルチメディアがあります。1999年 : FIFA U-17世界選手権大会 - 優勝
2001年 : FIFAワールドユース選手権 - ベスト8
2002年1月31日 : ボリビア戦でブラジルA代表デビュー
2002年 : FIFAワールドカップ日韓大会 - 優勝
2005年 : FIFAコンフェデレーションズカップ - 優勝
2006年 : FIFAワールドカップドイツ大会 - ベスト8
獲得タイトル
代表
1999年 : FIFA U-17世界選手権大会 - 優勝
2002年 : FIFAワールドカップ日韓大会 - 優勝
2005年 : FIFAコンフェデレーションズカップ - 優勝
2009年 : FIFAコンフェデレーションズカップ - 優勝
クラブ
サンパウロFC
2001年 : ヒオ・サンパウロ杯- 優勝
ACミラン
2003年-2004年 : セリエA - リーグ優勝
2004年 : イタリア・スーパーカップ - 優勝
2006年-2007年 : UEFAチャンピオンズリーグ - 優勝
2007年 : UEFAスーパーカップ - 優勝、FIFAクラブワールドカップ - 優勝
個人
2002年 : ボーラ・ジ・オーロ(ブラジル全国選手権MVP)
2003年 - 2004年 : オスカル・デル・カルチョ(セリエAリーグMVP、最優秀外国人選手賞)
2004年 - 2005年 : UEFAチャンピオンズリーグ最優秀MF
2005年 - 2006年 : オスカル・デル・カルチョ(セリエA最優秀外国人選手賞)
2006年 - 2007年:
UEFA年間最優秀選手(UEFAチャンピオンズリーグMVP)
UEFAチャンピオンズリーグ得点王、最優秀FW
オスカル・デル・カルチョ(セリエAリーグMVP、最優秀外国人選手賞)
2007年:
バロンドール
FIFA最優秀選手賞
FIFPro年間最優秀選手賞
英誌ワールドサッカー選出世界年間最優秀選手賞
2007年 - 2008年 : FIFAクラブワールドカップ大会MVP
2009年 - FIFAコンフェデレーションズカップ大会MVP(ゴールデンボール)
先代:
ファビオ・カンナヴァーロ バロンドール
2007 次代:
クリスティアーノ・ロナウド
先代:
ファビオ・カンナヴァーロ FIFA最優秀選手
2007 次代:
クリスティアーノ・ロナウド
先代:
ロナウジーニョ FIFPro年間最優秀選手
2007 次代:
クリスティアーノ・ロナウド
先代:
ロナウジーニョ UEFA年間最優秀選手
2006-2007 次代:
クリスティアーノ・ロナウド
先代:
アンドリー・シェフチェンコ UEFAチャンピオンズリーグ得点王
2006-2007 次代:
クリスティアーノ・ロナウド


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